ひじり屋物語 バックナンバー 2014年 】

2014.2.28

年初めの嬉しい事。


● 1月行事の東京骨董祭、おなじみ様の元気なニコニコ顔が、そして「**を集めといて、それでちょっと色々やってみる」の意欲満々が、私をワクワクさせてくれました。
その東京からの帰り、ご主人様が携帯を落とし大騒ぎ、某パーキングエリヤに届けがあり無事戻ってきましたが、その際の丁寧な応対や発送に恐縮至極。拾って頂いた方、お手数をお掛けしたパーキングエリヤの店員さん、皆様本当に有難うございました。

● 今年もやってきました、いつも頭を悩ます確定申告。何と何と私の頑張りのおかげで早々と提出でき、エッヘン!取りあえず胸のつかえがとれました。苦手なんです私コレ。

● 先日知り合いの業者さん展示のおひな様を拝見させて頂きました。お人形もお道具もしっとりと静謐で雅な雰囲気、「今お雛様に狂ってんねん」のお言葉でしたが、お人形と同じおだやかなお顔が素敵でした。
我が雛展も頑張らねば、いい勉強といい励みになりました。

● そして、何と言っても最大の嬉しい事は、大久し振りに「Sちゃん」の声が聞けたこと、ご主人様は照れくさそうに嬉しそうに会いに行きました。帰って来て「どんなんやった」の私の質問に、「ホンマ、よう何でも覚えとるわ」の何気ない返事が、ご主人様らしかったです。

 今年はガタガタとあるかもしれない、でもきっと大丈夫!!な一年だぞ、と思いました。嬉しい事が後どれだけ増える

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2014.05.02
 
 今年は、何とすでに3回も風邪を引き、
そして何と、我が家のベランダに花が咲きました、何年ぶりでしょう。極め付けは、何と、島根県に旅行に行ってまいりました。聖殿と東京在住のお友達「T姉」さんと私3人で。「T姉」さんが全て準備万端整え、聖殿が運転、そして私は、横でバカ面コイテマシタ。

  

では、島根県珍道中の始まりです。
 私は方向音痴な上に地図等まったく興味がなく、着地場所で意味もなく感動する「点人間」で、あいだの「線」が全く読めません。したがって、どこの話や、みたいになってしいましたらゴメンナサイ。頑張って、「T姉」様100%資料提供のもと、話を進めて行きます。

 初日、おなじみ境港では、「ゲゲゲの鬼太郎通り」は思った通りで(良いのか悪いのか)、平日(月曜日)でしたが人出は思いの他多く、外人客、若者、そしておばチャン達です。「おなじみキャラクターのぬいぐるみと写真」のバージョンがあちらこちらで在りまして、TVで紹介されてるまんまなのが面白くないな〜、なんて思いながらも鬼太郎と写真を撮りました。
 そして、「小泉八雲旧居」へ入館、その静かで目立たないたたずまいは好印象でした。よく考えたら「耳なし芳一」の話は知っていても、小泉八雲自身の事は殆ど知りません(小学校で習ったのに)。日本人女性と結婚し日本で枯山水の侍屋敷みたいな所に暮らしていたとの事。彼の出自を読みながら「どうして怪談話だったんだろう」「どんな風に日本が写ってたんだろう」、そして「ありがとうございます日本を書いてくれて」、と思いました。
そのまま塩見縄手の通りに流れ「武家屋敷」を拝見、こじんまりした各部屋と調度品をまじかに見て、「こんな家に暮らしたい」とまじに思い、節度のある生活感に癒されました。

 いい塩梅に、ちょっと疲れた所で玉造温泉入館です。「温泉水全部が化粧水です・・」みたいな立て看板に苦笑いしながら入湯、「うわ、ホンマしっとり!」と感激し、たくさんの料理にビックリ。お部屋でユックリ大の字になった時、旅行に来たんや!とつくづく思い、「T姉」さんが、お月さんが「いいかたち」と眺め入っている姿に、ホッコリさせてもらいました。
                                     
                                          続く


2014.06.19

 気が付けば京都骨董祭も終わり、
初夏です、そろそろ。確か島根の旅行は4月でした、スミマセン。
 「T姉」(Tねぇ)って、最初聞いたとき、どんな人?って思いました。「御控えなすって」みたいな姉御、な〜んて・・・。見た感じいたって普通の人です。なんで「「T姉」なの、と聖さん聞いても「ウ〜ン」と首をひねるばかり(30年以上前で覚えてません)。
そんな T姉さん、今回会ったしょっぱなに「ねえ、よく在る古墳と逆のカタチの墳墓知らない?」と聞かれ、私は咄嗟に何語を喋っているんだろうと、まったく理解できませんでした。(この8月東京で逢った時、「そんな事言ったかな?」との返事、聖殿も「へ〜?」。何を聞いていたんだろう、自分勝手な思い込みに情けなくなりました)。
 二日目、私達は又もやスゴイ量の朝食にお腹をさすりながら旅館を後にしました。出立間際、「ホラ、こちらが出てて、こっちが引っ込んでるんですよ、古墳の名前知りませんか」、T姉さん、手足動かして旅館の人に尋ねてましたが解らず、でも「荒神谷史跡」めざし出発です。
 
 小学生の時ひょっとしたら、学校の授業で見に行った気がするな、元古墳跡に大の字になりそんなこと考えながら深呼吸です。古墳跡、眺めてもただの空間、でも面白かったのは、一角に、こんな形で埋葬されてましたみたいな映像(3D?)がスッと現れるのです、アレ何本物、イヤ映像よ・・。しばし眺め入っておりました。
「四角突出墳墓」、これがT姉さんおたずねの古墳型の名称。小高い古墳跡の上に出るとそこは静かで、足元の緑と見下ろす風景、すぐ下の学校から聞こえる生徒達の声、きっと宇宙から見下ろしたらこんな感じかなと思わせました。
はぁ―ずっとこのままでいたい!。
 そして遺跡から車で「2000年ハス」池へ、残念ながら時期が早く単なる泥池でしたが、よく見ると、ヨッコイショっとばかり小さな芽がアチコチ出ています。3人とも感激、これこそ中々見れんもんだ、よかった、なんて少々意地を張ってますが、頭の中でイッパイの蓮を空想しながら、お土産に種を買いました。
 
 人気の少ない古墳跡から出雲大社に、そして平日にもかかわらず大勢の参拝客にビックリ。高校生の絵描き集団がアチコチに座り込んでます、そうかこんな授業があるんだ、それも出雲大社で、これは素晴らしい。私達もちゃんと参拝しました。
 
 そんな人ごみを後に稲佐の浜へ。防波堤に高校生の女の子が眠っており、私達に気付くと浜に下りて行きました。絵を描き終わってゆっくりしてたのかな、スミマセンお邪魔して、等と思いながら私達も浜に下り思わず声を上げました。弁天島が目の前に、いいえ、私達が前に居させてもらってる、その何気ない存在感は素晴らしく、
知らず知らず頭を下げてました。T姉さんは一服すると、浜で貝殻や木切れを拾いお土産にとの事、家で時々思い出して下さい。ご主人様はテトラポットに横たわっております。
昨日からの運転ご苦労様、明日もよろしくお願いします。

               

荒神谷博物館(展示室)は当日(火)定休日、残念でしたが、ここはユックリしたい人にはお勧めです。
                                          続く

2014.08.22

東京骨董祭も無事終わり、
ひじり屋の夏休みもノンベンダラリと過ぎ、暑すぎた四天王寺も何とか売れて、・・・そうです、色んな事が次々終了しました、ひじりや物語の「島根の旅」作成を除けば。ハイ、私の怠慢です。

 感無量の弁天島を後に、柿本人麿終焉の地と言われる「湯抱温泉・H旅館」へ。少々くたばりながら着いた旅館の泊り客は私達だけでした。そして夕食までの一時「斉藤茂吉歌碑」等を見たり近所を散策、女の子二人のかくれんぼを横目に旅館に戻りました。ほとんど人も車も通りません、「もういいかい」「ま〜だだよ」の声がいつまでも響いてました。夕食を終え温泉に、湯船の周りの千枚田の様なガタガタの床をソロリソロリと歩いて、灰色の湯につかりました。幸せです、旅の疲れがじんわりとれ、静かすぎる周りが今は何時代だ、なんて思わせます。明日は、石見銀山遺跡です。
 
 ホントに何の期待も知識もなく遺跡に到着、自転車(電動)で回ろうとなり、10年ぶり位の自転車にドキドキ、思ったより乗れるのにホッとして、電動で坂道も大丈夫だ、と感激。情けない、いったい何にときめいているのか、自転車じゃない「石見銀山」だろうが、反省少々。
 ユネスコの世界遺産登録の「石見銀山遺跡」、龍源寺間歩「通り抜け坑道」はそんなエラそうな肩書を飛ばして、暗く、重たく、冷たく、でも、これが現実だよね、そしてエンヤコラと人々は働いたんだよね、とじっくり見せてくれました。小さい時、私達の隣に在った生活を感じさせてくれました。
一瞬、あまりにも当たり前の、生活感あふれる遺跡に、あれ、名所を見に来たはず?と戸惑いを覚えました。
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2014.10.04

 大昔、初出勤の職場での暖房は
大型の四角い石炭ストーブ機(器ではなく機?)でした。今から考えると、石炭の入れ替えや掃除をした覚えもなく、どんだけ「ぬくかった」かも不明。でも、女性社員はお弁当を上部にのせて温め、皆でワイワイとお昼をしたのを覚えてます。ある時はおかずに沢庵が入ってて、上司から臭いと叱られたこともありました、あたたか〜い思い出です。でも次の年からエアコンに替わりました、もちろん、お弁当はのせません。

 
  石見銀山、特に「龍源寺間歩」一般公開坑道を歩きながら関係ないけど上記の事を思い出しました。どこからともなく水音のする坑道の中をかがみながら歩き、さわり、何だかうれしいような泣きたいような変な気持です。3人ともしばらく無言で各々何を考えたのか・・・。銀山発展と共にできた「大森の町並み」は静かで落ち着いてました、こんな家住みたいな、でも大変だぞ寒いし広いし井戸だし、私達は今の便利な生活から抜けられないよね、3人の感想です。資料館は掘削方法やら、関係者等の生活やら、チョット興味深くオモシロく拝見、ほのぼのしました、きっと生活感が身近に感じられたのが良かったのだと思います。
坑道までの道のり、次は自転車やめて歩いて登ろう、3人共大声で言いました「又、ぜったい来ようね」。 明日は広島竹原です。
                                          続く


2014.11.13

 私は結構世間知らずに育ち
、本人はヘラヘラと楽しい時間を過ごした積りでも、まわりには少なからず迷惑をかけた様だ。
 高校の卒業記念にと友人達と3人で四国旅行しました。四国に渡る船中で、他のお客様から行く先を聞かれ、私は「ネエ、どこ行くのん?」と友達Oに尋ねました。Oは不機嫌そうに私を見て、そのお客様に説明、後で「昨日、行き先説明したよ」と怒られました(確かに聞いた)。暫くOはあまり口を聞いてくれなかった様な・・・・。覚えてるのはそれ位でどんな旅だったかトンと記憶にありません。後日何かの折、満員電車に右往左往している私を誘導してくれたOがポツンと「そうやね、これがN(私)さんやな」と微笑んでくれました。もちろん今は、取りあえず興味なくとも行く先は覚えます(すぐ忘れますが)、満員電車にもオタオタしません。それが世の中で人に迷惑を掛けず生きていく事だと、後年、猛ベンキョウさせられましたので。
友人Oとは今も少なからず付き合いはあります、大好きな友人の一人です。
 何のコッチャ、の出だしですが、「T姉」さんが少しその友人に似てます。見かけはホントに普通の人、気を遣わせないし、構えなくて良い、チャチャと行動しますが押しつけがましくない、楽です。

 そんな「T姉」の知人が居る広島へ入りました。泊まりはホテル、手続きの後、安芸竹原の松阪亭他の保存地区へ。知人のイタリヤ料理店へ行く道すがらをユックリユックリ。確かに小京都です、すれ違う人や自転車さえひそやかで鄙びた感じ、夕暮れ時が似合う町並みでした。
店上手くいくかな、と不安顔の知人のイタリヤ料理店は、そんな町並みがお似合の造りでした。お借りしたお手洗いが、なんと朝ドラ「マッサン」の大阪住吉の家のそれとよく似てます。お手洗いへと続く廊下、手ぬぐい、水を入れぶら下げた器(これも手水鉢と言うらしい?)、その水を受ける手水鉢、そして中庭、何かのんびり鳥の声が聞こえそうな雰囲気です。
生真面目なその知人とホッコリした奥様、きっと大丈夫だよ、ゆっくりしっかり良いお店にして下さい。次の日の昼食にごちそうになったイタリヤ料理、自然の野菜がすっきりして、飽きの来ない味付け、美味しかったです。山口の田舎に帰る時には又寄ろう。 
【笛吹亭イタリアン イル・トラゲット】  是非検索して下さい。

 実家の人達と会う「T姉」を奈良まで送って旅は終わりました。
「T姉」さん、今回の旅行企画して頂き本当に有難うございました。その上この「ひじり屋物語」を書く為に、資料やら感想等をも送って頂きました。今度は私が企画して富岡製紙跡へ行こう、とノタマワってますが、いつになるやら。これからもお付き合いよろしくお願い致します。因みに彼女のご主人様はその世界では有名は声優さんです。
そして聖殿、いつもの「あーしんどい」を言う事もなく、最後まで運転有難うございました。

*「T姉」さん、エピソード追加。銀山でウロウロしてた時、私は少々疲れ気味、知ってか知らずか聖殿が「あそこも登ろか」、と上の山道を指さしました。「登らなくてイイよ、同じだよ、行きたいなら聖一人で行けば」とピシャリと返答してくれ、私は内心ホッとしました。私の疲れが解ったから?イヤ「T姉」もしんどかったから、今でも解りませんが、そんなとこも大好きです。

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2014.12.27

 「早いものです」と、この時期になると
みんな口ぐせの様に言いますね。でも本当に速かった、超スピードで一年が終わろうとしてます。
 この一年で思い出に残った事は、やはり春の島根旅行です、と言いながら「ひじり屋物語」ではヤットコサその旅行記を書き終えたとこ。ホント情けない、夏はどうやったんや、秋は・・・・。夏休みは家でオタオタして暑さをしのいでました。秋は骨董祭やで〜、と商品選びにこれ又オタオタしておりました。そして、気が付けば「冬」やったんです、私の責任ではありません、勝手に季節がことわりもなく行ってしもたんです・・・。
ところでこの2〜3年、私は他の仕事は、明日でエエか、ではなく、やってしまおか!とキッチリこなした様で、結果、まぁ気持ちの良い程、発送、伝票、チラシ作成等、期日前に完了してます(エッヘン)。イヤイヤ、あたりまえやろ、もっと前からキッチリせんかい、そう、月日は勝手に進んで行きません、おろそかにした「ひじりや物語」も仕事の一つ、他で忙しかったからは言い訳です、努力せんかい!!。年の暮れに反省しきりです。
 平成27年、どうぞ実のある一年であります様に。

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2015.3.12

 今年は年初めから少々体調がすぐれない?
頭痛が時々出てきます。
四天王寺で、ものすごい頭痛に襲われ「アホになるんでは」とおびえましたが、ご主人様は「心配せんでも元々アホや」と大笑いでした。寒くて知らぬ内に力が入り首とか凝ってるのかも。お医者様に診て頂いて大丈夫だったのですが、年初めからエライこっちゃ、身体が元気だけが取柄やのに、何もなくなるぞ。
無理してないのに、気の抜き方に応用が利かないのが、もう年だと言う事でしょうか。皆様リラックスしていきましょう。

*ご主人様は、自分は何があっても絶対病院等へは行きませんが、人にはすぐ病院へ行け、とうるさいです。




2015.04.11

 雨が続きますね、それも 天気、雨、天気
、雨なんて困ります、服装に。そして桜も。
 
 先日雨上がりの日、店に行く途中、仁川の駅近くでふと見た靴の足もとに桜の花びらがついてました。ヨシ店迄連れて行くぞと張り切って踏切を渡り、駅の階段を上がり電車に乗りました。車内で足元の花びらを確認してニッコリ、今日は良い日だと嬉しくなりました。さて、甲東園に着きまして、駅の階段を(私は階段を上る時は運動の為、直径90度に足を上げる様にしています)息を切らせながら早足に上り、今日も頑張るぞ〜と、改札前でふと見た足もとに、花びらは在りませんでした。90度に気を取られ、その勢いで花びらは飛ばされてしまったのでしょう。残念だけど、でも甲東園までは連れきてやったぞ、と無理やり納得。
この季節足元には散った桜がいっぱい、でも未だ頑張って咲いている桜もあり、自分なりの花見を楽しもうと思ってます。

 *ちなみに、二日後、又桜の花びらが今度は靴裏に着いてました。表に移して、用心しながらやっとこさ甲東園の駅を降りたところで又行方不明に。来年、頑張ります。

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2015.08.30

 長い事休んでなくても、文章のリンク貼りは時間がかかります。
それが4ヶ月近く休むと、夢の世界で、フ〜ン何するんだったかな〜、ホワ〜ン、まったく頭が動く動かないと言うより、空っぽで、あ〜あ、このまま寝れたら幸せやな〜、とウトウト状態です。でも頬っぺをたたきながらヨッシャ何とかリンク貼りました。でも、呼吸はまだ寝てます。
 5月から私は、大量入荷の着物、古布等と格闘して、今少し落着いたところ。最近気が付きましたが、仕事に入り込むとまぁリズミカルに物事が進み、鼻歌気分で荷物を次々片づけていきます。ところが店に着く早々パソコンの前に座ると、画面を見つめて眠たくなるのです。「お昼までグダグダしよ」、と言い訳しながら仮眠状態。この「ひじりや物語」も午前中の仮眠と昼飯を済ませて、これじゃアカン!とやみくもに写真を撮り、文章をひねり出したのです。この後少しはリズミカルとは言わないまでも、一応仕事やり遂げましたが。
 睡眠は足りてるよね、なんで眠いんやろ怠け心かな、でも仕事はハカドってるで。気付きました、ハイ年なんですね、縁側でおばあちゃんが猫を抱えて眠っている図。
 エエヤン、やる時にはちゃんとやろ、後は寝てても
2015.12.13
 
 例年通り、何だかんだ言ってるうちにもう師走です・・・と、お決まりの文句、お恥ずかしい、文才の無さにガックリです。

 先日アルバイトさんから借りたシナリオ雑誌で「デート〜恋とはどんなものかしら〜」を読ませて頂きました。どうしてもテレビの印象が強く(大ファンでした)最初は脚本として中々入って来ませんでしたが、2回程読み終えた時、セリフのテンポアップなやりとりの繰り返しなのに、気持ちや状況が感じられる様になりました、ちゃんと話が進み、物語が見えて来たんです。この力は何なんでしょう。説明しなくても観る者に気持ちを伝え、涙を流させ 、怒らせ、バカヤローと叫ばせる。再度言います、この力はなんなんでしょう。
ひょっとしたら作者自身が書いたセリフを声に出し何度も何度も喋ってるのかな(だとしたら面白い、ワクワクします)、セリフ一つ一つを研ぎ澄まし、断腸の思いで足したり削ったりしてるのでしょうか。又逆に、冷静にしっかり整った脳みそから繰り出されるセリフを表情一つ変えず書き連ねているのかもしれません。その顔を見たい。
まぁ何でも良いものを造るのは簡単ではありません、しかし試行錯誤したからと言って名作が生まれるとも限りません。才能(センス)でしょうか。

 と、よく使われる文章での私の感想でございました(これでも何度もやり直してるんですよ、トホホ、これが力の限界)。
唯、読後のスッキリ感は色んな意味で良い勉強になりました。ヨッシャ、切磋琢磨して「ひじり屋物語」頑張ります。
*舞台の台本と少し違うのが興味深かったです。

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